2016年3月9日水曜日

なぜ階段は後ろ向きに下りると楽なのか?

ランチを終え階段を使って一階に下りようとしたところ、手摺りにつかまり後ろ向きに階段を下りている高齢の女性を見かけた。
昨年10月「なぜ階段は後ろ向きに下りると楽なのか?」をサブタイトルにした自著を出版した。これまで駅の階段で横向きに下りる人を何度か見かけたことがあるが、実は後ろ向きに下りる人を見たのはこの時が初めてである。
横向きに下りる人は、おそらく片側のヒザや股関節などに負担をかけたくないのだろう。片側を痛めている場合には都合のいい方法だが、もう一方のヒザには余計な負担がかかるのは仕方ないだろう。
「転倒の危険さえなければ階段は後ろ下りが楽である」と学生に言ったことがある。すると、授業後にある学生が「同居している祖母はいつも階段を後ろ向きで下りている」と教えてくれた。恐らく、この方にとってはこの方法が自力で階段を下りる唯一の方法なのだろう。
さて、冒頭の後ろ向きに下りた高齢女性は、マヒがあるようには見えなかったが平らなところでもぎこちない歩き方をしていた。
前向きに下りることができなくなった人にとって、階段というのは、とてつもないバリアである。横向きにせよ、後ろ向きにせよ自力でバリアを突破するための手段を模索した結果がその方法だったに違いない。

ところで、2005年に「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」というタイトルの本が出版された。会計学の本らしいが、中身は読んでいない。ただタイトルがあまりにも鮮烈だったので今だに記憶から消えない。新著にはこんなタイトルの本がいいなと漠然と考えていた。
そんな流れがあり「なぜ階段は後ろ向きに下りると楽なのか?」がサブタイトルになった。メインタイトルではインパクトが強すぎるかもしれないとサブタイトルに降格になったのだ。
 おまけに前書きの後に、「階段の後ろ下りにはヒザへの負担を軽減する下半身の合理的な使い方が凝縮されていることを理解していただくためであり、日常的に後ろ下りを奨励するものではありません」と一応、PL対策のような注釈をつけた。

2015年12月15日火曜日

時間よとまれ!

 子どもの頃手塚治虫のマンガが好きだった。特に「永遠の命」をテーマに時間や空間を超えて展開する壮大なドラマ「火の鳥」には衝撃を受けたものである。時間を止めることができる主人公の物語「不思議な少年」もユニークな作品として記憶に残っている。火の鳥は「永遠の時間」、不思議な少年は「一瞬の時間」どちらも時間がキーワードである。
 人は誰も偶然に生まれて、必然として死んでいく。この限りある時間を生きていくのが人間。長短はあっても限られた時間を生きるのは皆同じである。
 永遠の命を手に入れたことで不死の体となり、それがいかに苦しく辛いことなのかを描いた作品もある。永遠の命とは永遠の時間を生きることを意味する。これは確かに辛いことかもしれない。

人生シーンの中には、時間が早く過ぎて欲しいと願うこともあれば、この幸福な時間がずっと続いて欲しいと思うこともあるだろう。しかし、ファンタジーではない現実の世界では時間をコントロールすることなど誰にもできない。こうしている時間も確実に一秒一秒時が刻まれ、カウントダウンが続いている。そう考えると、時間との付き合い方はこの上なく重要であることに気づく。

 104歳の現役医師 日野原重明先生が小学校で「命の授業」を行っている。子どもの時はすべての時間を自分のためだけに使っている。「大人になるということは大切な時間を人のために使うことなのですよ」。そして「命とは時間のことなのです」と続ける。
限られた命とは、限られた時間のことである。「時間を大切に、すべての命を大切にしましょう」という荘厳なメッセージである。
 今年もあっという間に師走。時の経過スピードは毎年加速度的に速くなっていることを自覚せずにはいられない。地球の年齢と比べると人の命の長さなどは瞬間かもしれない。けれど、私たちは、かけがいのないその瞬間を生きている。
「命とは時間のことである」というこのメッセージが重く響いてくる。

2015年10月21日水曜日

歩き方のクセはシューズに表れる

 靴のカカトの減り方で歩き方のクセを見る方法は昔からあります。
靴を眺める角度を変えてみると、足裏への体重の乗せ方とは別の問題や特徴を推測することができます。
さて、写真のように靴を側面から眺めることでどんなことがわかるでしょうか?


 ややこしいですが、向かって左側が右足の靴です。左足と比べてみると、右靴の前側半分の反りが強くなっていることが分かります。これは何を意味しているのでしょうか?
 実はこの反り具合の左右差で左右のストライドの違いが予測できます。
右靴が大きく反っているのは右足の接地時間が左より長い可能性を示しています。右足の接地時間の方が左より長ければ、左足は右足より遠くに運ばれることになります。(この時、軸足の指は大きく反る方向に力が加わります)

 つまりストライドの左右差がある可能性があるということです。右足の接地時間が長いということは右足で立つ時間が長いことを意味します。とすれば、右のヒップや左の背筋を反対側より多く使っていることになり、筋バランスの左右差が表れる可能性も考えられます。

 僅かな差かもしれませんが、このようなカラダ使いに起因するバランスの崩れは、気がつかないうちに進行するため、違和感が自覚できるくらいになった時点では左右差も大きくなっている可能性もあります。

 このような左右差やカラダのねじれといった筋骨格系のアンバランスが、日常の動作でつくられるとすれば注意が必要かも知れません。

2015年8月26日水曜日

動けるカラダが未来を支える


動物である人間は、動ける体 を持っています。立つ、座る、歩く、走る、しゃがむ、手を伸ばす等あたりまえの機能として日々使用しています。
 しかし、ひとたび、そのあたりまえの動作が損なわれると、生活は不自由で困難なものへと一変します。そしてこの時、初めて不自由なく動けることの「ありがたさ」を痛感することになります。

 誰もが年をとり、大なり小なり動きにくい体へと変わっていきます。しかし、実際には個人差が大きく、元気に活動し続ける人がいる一方で、部屋に閉じこもったり、寝たきりの生活を余儀なくされる人がいることも事実です。

「人の体は適度に使えば都合よく発達し、使わなければ使えない体へと退化していく」という事実があります。年を取ったから動けない体になるというより、年をとった意識が強くなることで体を動かさない生活へと変化する傾向があるのです。それこそが問題です。体を使わないと、動けない体へと変化するからです。
 三浦雄一郎さんは70歳を過ぎてから3回もエベレスト登頂に成功しました。地道にトレーニングを続け強い体をつくリ上げたことが大きな成功要因のひとつになったに違いありません。

ところで、ミドルの方には、もうひとつ大きな問題があります。それは、腰やヒザなどに痛みを抱える人がとても多いという事実です。40歳以上では6割以上の人がヒザの痛みや不安を抱えているという報告があります。
当然、痛みがあれば運動や活動そのものができなくなるので問題は深刻です。弱くなった体や動きにくくなった体を単純に運動で鍛えるという発想だけでは対応できないからです。

腰やヒザなどの痛みには様々な原因が考えられますが、痛くなるような体の使い方をしたことも影響している可能性があります。しかし、多くの場合、動作に原因が潜んでいることに気づくことは少なく、それ以外の方法で対応されることが多いかもしれません。
原因が体の使い方にあるならば、それに気づき、使い方を変える以外に対応方法はありません。また、日常の偏った体の使い方で体がゆがんでいいたり、ゆがんだ体で運動することでヒザや腰などを痛めてしまう可能性もあります。
クオリティ・オブ・ライフという言葉がありますが、いつまでも自由に好きなことを続けられることは幸せなことです。動ける体が未来を支えるという事実とともに、動ける体づくりにはちょっとしたコツがあることも知っていただければ幸いです。

2015年8月2日日曜日

死生観

 今年2月、出張先の大阪からの帰り、左目に異変。光がちらついたり、霞がかかったり。これが白内障か?と気持ちは少しのんびりしていた。ところが、3日目の朝、左目は完全に見えなくなっていた。これは異常事態、街の眼科医へ直行した。そもそもその一ヶ月前この医院で綺麗な目(眼底)と診断されたばかり。何が起こったのだ?

 眼科医の顔色が変わった。「左目の中心動脈が塞がっている!すぐに大学病院飛んで行って!」という大きな声に促された。
 一日中検査を行い、プラークによる左頚動脈の狭窄が見つかった。そのプラークが左目に飛んで動脈を塞いだことが判明。この時点での狭窄率は何と80%超。風前の灯ともいわれた。

 なんの前触れもなく、普通に生活していた自分に何が起こったのか?事態を受け入れることができなかった。仕事や家族のことばかりが気になった。
 緊急入院が決まった。発症後1ヶ月は、不安定なため手術が受けられない。それまで症状を安定させるため24時間体制での投薬・点滴が続いた。そして3月11日の手術が決まった。

 
 手術までの日々は恐怖だった。プラークが再度飛び、脳血管を塞げば大変な状況となる。手術中にプラークが飛ぶ可能性も。そんなことを考えながら過ごしていた。顔はいつも微笑んでいが、この時点では死を覚悟していた。葬儀は家族葬。海へ散骨して欲しいと家族にも伝えた。

 死を前に考えることは、「あの時、ああすればよかった、こうすればよかった」という後悔であることは、知識として知っていた。やはり自分の場合もそうだった。
 4時間の手術を終え目を覚ました。頭はぼんやりしていたが、どうやら生還したようだ。そして手術後10日で退院。

 人は偶然に生まれるが、死は必然。誰もが知ることだが、誰もがその実感なく生きている。けれども、その時ではもう遅いのだ。

死を考えることは、生を見つめること。

“後悔しない生き方をしたい”  これまでにはなかった強い思いが心に刻まれた。


   *左目の現状、視力はかなり低下したものの左目だけでも道を歩けるくらいに回復しています。

2015年7月3日金曜日

音楽セラピー

リビングにギターがあります。高校生の頃にクラッシクギターをやっていた姉から、
お下がりで貰ったものです。写真のものは、3本のギターの中で最も古いもの。若干変形していますが、一番弾きやすいギターです。

転勤を繰り返した20代の時も一人暮らしの部屋で、よく弾いていました。今の地に移ってからは長い間、屋根裏に眠っていた時期もありますが、ふとした思いが湧き、5年ほど前からリビングで復活させました。
脳トレを兼ねて、いつでも触われる状態で置いています。

 両親は既に他界していますが、晩年、部屋で静かに過ごすことが多かった母に、寝たきりにならないように散歩を勧めていました。拒否はしないものの行動に移さない母に対して無力感を感じていました。

そんな頃でしょうか、実家に帰ったときに、元気を出して欲しいと願いながら、よく古い昭和の歌謡曲を弾き語りで歌っていました。すると、となりの部屋で横になっていた母が起き出してリビングに現れ、少し嬉しそうな、懐かしそうな顔つきで、耳を傾けていました。手を差し伸べて散歩へ誘うことも可能でした。認知症を患っていた父は大きな声で合唱してくれました。

この時、あらためて音楽の力を感じました。その時以来、音楽とカラダづくりを組み合わせた楽しいウェルネスプログラムができるはずだと強く思いました。それから10年が経ちました。
ほぼイメージができ上がり、そろそろ実行に移したいと考えているところです。


“動けるカラダが未来を支える”は、wasedaウェルネスネットワーク のキャッチフレーズですが、これを文字って、“歌えるカラダが未来を支える”というコンセプトがあってもいいのかなと思っています。

http://wasedawellness.com/