2023年8月15日火曜日

東京散歩

昨夜 東京駅付近を散歩した。昼間の猛暑からすると夕刻からは少し夜風を感じるようになり酷暑からは解放された。 けれど散歩とwetで珍しく喉を潤したくなり 数年ぶりで飲んだ。とはいえグラスに一杯のbeerのみ。 

これが驚く程美味かった。人気ベスト3を尋ね、チョイスした逸品。 気をよくして歩いていると。妙な姿勢で一点を見つめながらbeerを含んでいる外国人が居たので声をかけてみた。

 知的な笑顔のイギリス人のM。英語もとても美しい。 20分前に現れたフルムーン🌕の残影を見つめていたという。まるで映画のシーのように。 

英語で会話したが途中から日本語になった。 日本滞在歴は20年超。書道を嗜み 日本を愛するM。 話が弾み 何度も笑った。英国紳士は素敵だった。

 お仕事は?そこのホテルで働いている。 そこってどこ? 

 指を指していたのはフォーシーズンズ。 
人事部長だった。住まいは吉祥寺。 
 名刺を交換し 再会を約して別れた。 

 今度はMと同じポーズでフルムーンを眺めてみたい。 お言葉に甘えて ホテルを訪ねてみようか。

♫ この日の歩数は1万歩を超えていた‼️

2023年6月26日月曜日

歌は万病に効く♬

 「健康で長生きしたければ1日1曲歌いなさい」斉藤一郎、周東寛他著(共に医博)                      という新書本が興味深い。

なぜ歌うと健康になるのか?

・免疫力が向上する
・感染症に強くなる
・飲み込む力が強くなる(嚥下機能向上)
・認知症を予防する(脳の活性化)
・ストレスが改善する等々

について、とてもわかりやすく説明している。

ところで、誤嚥性肺炎は高齢者が圧倒的多数という現実がある。
2021年の厚労省資料を見ると、日本における原因別死亡順位は
1位 ガン
2位 心疾患
3位 老衰、
4位 脳血管疾患
5位 肺炎
となるが、肺炎に誤嚥性肺炎を含めると脳血管疾患を抜いて4位にあがる。

さて、効用の一部を紹介すると、口腔には多くの筋群が存在し、歌唱時には舌筋など筋群がよく活動する。これらの筋が協調して働くことで摂食・嚥下運動がスムーズに行われるという。これが誤嚥性肺炎予防につながるのだ。

多くの人は、歌が体にいいということは、うすうす感じているだろうし、「好きだから歌う」というだけで十分なのだけれど、趣味の健康効果について、さらによく知ることができれば動機付けが強化され、その効果も強化されるに違いない。
さらに仲間がいれば楽しいし脳への刺激も高まる。

とあるスポーツクラブでは、参加者みんなで歌いながら水中運動をしている。写真を見るとみんな楽しそうだ。

以前から「歌うことは筋トレ」と周りに吹聴してきた。
舌も声帯も筋肉であり、呼吸筋(吸息筋+呼息筋)=胸鎖乳突筋、斜角筋、前鋸筋、外肋間筋、内肋間筋、横隔膜、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋などが鍛えられるのだから。

自宅でギターを抱えながら、その筋トレを楽しんでいる。ただの趣味だが、効用を聞けば歌も弾んでくる。
「健

2023年6月22日木曜日

姿勢フィットネス ~動きを創る身体感覚~

野村萬斎という狂言師をご存知だろうか。
姿勢や独特の所作から「遠くからでも直ぐに自分だとわかる」と人から言われるそうだ。
彼ほどカラダに軸が通り、所作の安定した人物にお目にかかることは稀である。当然、遠くにいても、大勢の中にいても目立つのだろう。別の視点から見れば、多くの人は少し乱れた姿勢で不安定に立ったり歩いたりしているかもしれない現実があるならば、その際立った所作は、当然、人目を引くだろう。

以前から彼の身体感覚や動作に興味を持って見ている、10年ほど前の朝日新聞に自身の身体動作について語っている記事があった。「日常からどのような状況でも、さっと動けるような立ち方をしている」との本人談。先日のNHKでは、「見事な姿勢で歩いていますね」というアナウンサーに「体が揺れないように歩いている」と答えているシーンを見た。

舞台や稽古、人前だけで、その独特の所作をしているのではなく、日常からそのような身体づくりや動作をしているということであり、それは恐らく意識動作から無意識動作へと繋げ、さらに意識動作で改善するというような無限ループの中で身体システムを働かせているのだろう。

ところで、最近はフィットネスの中で「姿勢づくり」というワードを耳にすることが増えている。姿勢を改善することは腰やひざなど関節痛の改善などにもつながり、美容にもたらす効果も大きいことを考えれば頷ける。
ただ姿勢改善を実現させることは、そう簡単ではないだろう。レッスン時にはある程度できたとしても、それを定着させるためには日常的にも改善メソッドに取り組み、無意識下でも
目標の姿勢や動作ができる必要がある。

生活習慣病の改善と同じで、何よりも大切なことは「習慣化」。
指導者側にも習慣化へと誘うための技法が求められている。















2021年1月14日木曜日

ベタ足生活 ~足裏感覚から動きを創る~

 ヒザや腰に慢性的な痛みや違和感を抱える人にとって、立ち座り、床へのしゃがみ込み、コンセントの抜き差しのような中腰姿勢などは、できればやりたくない、不快な動作と感じる人もいるだろう。

最近は体幹部のトレーニングが注目されるが、体の使い方そのものを見直すことも忘れてはならない。体の使い方を変えることで、ヒザや腰への負担感も和らげることができる。そしてそれを習慣動作にできれば日常動作楽になる。楽になればさらにアクティブな活動やトレーニングへと発展させることもできる。

立位からのヒザ曲げ動作では、ヒザ関節だけが曲がることはない。足首とヒザと股関節が連動して曲がる。そのバランスのいい連動が実はとても重要である。

直立姿勢で足裏に意識を向け、爪先側に体重を乗せていくと、ふくらはぎや背筋など体の背面の緊張感を感じることができる。逆に踵側に体重を乗せていくと、太ももの前や腹筋など、体の前面が緊張するのがわかるだろう。さらに右足に体重をのせると左の背筋の緊張が強くなる。

足裏にかかる重さを左右均等にしてフラットな接地感をキープすることで楽に立つことができる。例えば前屈みの動作では、爪先側に体重がかかりやすくなるが、足裏に意識を向けフラット感(ベタ足感覚)を維持しながら曲げていくと、足首と、ヒザ、股関節が自動的にバランスよく連動して働くため局所への負担が軽減され、楽に屈伸動作することができきる。

「楽に立つ」は「楽に動ける」へとつながる。この足裏感覚をベースにした「立つ~動く」という習慣動作への変換ができれば、ひざ・腰事情も大きく変わるだろう。 
この身体技法をわかりやすく「ベタ足生活」と名付けてみた。

2020年12月31日木曜日

命の時間

小学生の頃マンガに夢中になった。中学入学が近づいたとき、父に「ここに座れ」と呼ばれ、中学生で漫画を読むのはみっともないので、小学校卒業と同時にやめるように説得された。 
父は温厚な性格で声を荒げるようなことはなく、静かに説得力を持って喋るので、全く逆らうことはできず(というか逆らう気も起こらず)、本棚に埋め尽くされた漫画をすべて廃棄した。 振り返るとあれ程 夢中になったものをよくやめられたと不思議でならない。 

小学2年生の時、手塚治虫のゼロマンを読み、夢中になっていった。ただ、今考えると、小学生で漫画をやめるような友人は誰ひとりいなかった。 大学生になっても社会人になっても漫画を読み続ける時代になることを、さらにはマンガがMANGAとなり世界に誇る日本文化として一大ビジネスにまで発展することを父も予測はできなかっただろう。 

ところで手塚治虫が医師免許を持っていることを知る人は多いだろう。医師への道を捨て漫画家を志した人である。その手塚の作品に「永遠の命」をテーマに時間や空間を超えて展開する壮大なドラマ「火の鳥」という秀作がある。 見事なストーリー展開とワクワクが止まらない面白さには衝撃を受けた。また手塚作品には、時間を止めることができる主人公の物語「不思議な少年」もユニークな作品として記憶に残っている。 

火の鳥は「永遠の時間」、不思議な少年は「一瞬の時間」どちらも時間がキーワードである。 人は誰も偶然に生まれて、必然として死んでいく。この限りある時間を生きていくのが人間。長短はあっても限られた時間を生きるのは皆同じである。 
人生シーンの中には、時間が早く過ぎて欲しいと願うこともあれば、この幸福な時間がずっと続いて欲しいと思うこともあるだろう。ファンタジーではない現実の世界では時間をコントロールすることなど誰にもできない。

こうしている時間も確実に一秒一秒時が刻まれ、カウントダウンが続いている。そう考えると、時間との付き合い方はこの上なく重要であることに気づく。 

105歳で亡くなった医師 日野原重明さんは、小学校で「命の授業」を行っていた。子どもの時はすべての時間を自分のためだけに使っている。 「大人になるということは大切な時間を人のために使うことなのですよ」。そして「命とは時間のことなのです」と訴えた。

限られた命とは、限られた時間のことである.「時間を大切に、すべての命を大切にしましょう」という荘厳なメッセージである。 
 今年もあっという間に師走。時の経過スピードは毎年加速度的に速くなっていることを自覚せずにはいられない。今年、あるいは今年を含めた今後数年は、失われた年、或いは失われた時代と呼ばれるのかも知れない。 

年末は私の誕生日、年齢を指折り数えていた時代からカウントダウンで年(歳)を数えるようになった。地球にも年齢がある。人の命と比べるとその長さなどは瞬間といえる。

けれど、私たちは、かけがいのないその瞬間を生きている。 「命とは時間のことである」というこのメッセージは重い。暇つぶし=時間つぶし=命つぶし、と考えると 命である時間の概念を見直さざるを得ない。 

家から5分のところに1375年の歴史を持つ神社がある。例年末は24時間開放であるが、今年は早仕舞いした。
そして多くの人は、いつもとは違う不安と希望を抱えながら新年を迎えることになるのだろう。  

あなたは残された命(時間)をどう使いますか?

(2015.12「時間よとまれ」改題&リライト。2020.12メルマガSwim Partner投稿)

2020年12月12日土曜日

カラダの言い分

健康情報の氾濫は今に始まったことではない。書籍、新聞、TV、ラジオ、雑誌、インターネット、口コミ等々から一喜一憂する人は多いのだろう。また、健康づくりを目的とした運動に関する情報も世に溢れている。

ところで名医と称する医師が登場するTV番組などで、運動指導を披露するシーンをみかけることがある。しかし、これには少なからず違和感を覚える。

確かに医師で運動指導に優れている技術を持つ人がいるかもしれないが、極めて稀だろう。そのような医師がTVに出て指導する姿はみたことがない。運動実施時のリスクをアドバイスするならわかるが、医師が治療を担当するように、健康運動指導も運動指導者が行うのが自然だろう。

氾濫の中には役に立つ情報があるだろうが、運動理論に支配され過ぎると、カラダが発する声が聴こえづらくなる気がする。
例えば怪我をした時には患部を冷やし、72時間後は温めるという理屈がある。根拠に基づくものだろうがカラダはそれを望んでいないこともあるのだ。

そんな時はカラダが発する声に従った方がいい。医者との付き合いをやめ、長年 カラダとの対話という方法で様々な持病と向き合ってきたことを、五木寛之が、その著書の中で告白してしている。理屈はさておき、その時冷やしたいのか 温めたいかをカラダに聴き、それに従う。その結果、病気知らずの体を維持しているという。

カラダの発する声に従う=心地よさを求めること。 と言い変えることができるだろう。痛いところに手を当てることで痛みは和らぐし、伸びをすることで心身がほぐれる。それぞれ、痛みから逃げたり、リラックスする方法だが、基本は、どちらもカラダが求めるに声に従がった自然な動作である。

ウォーキングは大きなストライドで速く歩くことが推奨されているが、私の場合、その歩き方では、心地よいと感じることができない。なので、快を感じる範囲で歩幅もスピードも調整するようにしている。

基本は風や気候を気持ちよく感じたり、景色を楽しめる範囲の中で行うようにしている。なぜなら、それを超えると不快だからだ。
しかし、十人十色。大股で速く歩く方法が快ならばそうすればいいし、走るのが快ならばそうすればいい。

体の言い分に耳を傾けて、それに従う。その言い分は、季節や体調でも違う。その時その時、現在只今の言い分に従うことが大切。
それが何より心地いいのだから。

★wellness for life いつまでも動けるカラダ
"心地よいは 健康づくりに有利"