2019年10月2日水曜日

サイドストーリー   サザエさんと父

ある日、父が中学生の私に、朝刊に連載されていたサザエさんの漫画を示しながら、「この4コマの中に間違いがあるが、わかるか」と訊いてきた。

考えるも分からずギブアップ。

答えは鏡に映ったドアノブが左右逆に描かれてていること。
そのミスを指摘する読者からのクレームを受け、部内がザワついたらしい。

朝日新聞で校閲記者(のちデスク)だった父は、寡黙で温厚な人だった。そして時々新聞社ネタを私に放ってきた。ここでは紹介できないものもあるが、面白い話が多く、周りを取り巻く猛者たちのエピソードも痛快だった。(筑紫哲也もかつての部下)

ある日、出勤すると見慣れない掃除のおじさんがいた。父は丁寧な言葉でやり取りしたが、一人の同僚は、相当粗雑な対応をしたそうだ。あとで、その人が、着任したばかりの広岡社長だったことが分かり同僚が青ざめたという悲劇。その微に入り細に入りの説明が可笑しくて笑った。

連載小説で、松本清張は酷い悪筆で苦労したこと。
五木寛之の連載小説「凍河」では、主人公の医者が乗ってきていないはずの愛車に乗って帰るというストーリーミスを見つけ、慌てて本人に連絡し間に合わせたこと。
その原稿は捨てたと聞かされ「勿体ない、自分が欲しかった」と訴えると「そんなもんどうするんだ!」と笑いながら返された。「売れるだろうに」と思った私は言葉を飲み込んだ。欲のない天上人のような父とは成立しない会話だと分かっていたからだ
医者だった厳格な父親のもとで育ったが、誰にもやさしい人だった。
軍隊でも部下に手をあげたことはないと言う。軍隊経験のある人にそれを伝えると「あり得ないこと」と一蹴されたが、あり得ると思っている。

高校生の時、父が勤める有楽町の東京本社(当時は今のマリオンの所にあった)
を訪ねたことがある。受付で声をかけると、スリムで端正な顔立ちの父が、白いワイシャツの腕をまくり、仕事の空気感のまま現れ、思わずハッとした。あんな顔も見たことがない。階段を颯爽と降りてくるその様は。まるで映画のシーンのように光を放ち、とても眩しかったことを覚えている。
来月は、そんな父の6度目の命日。享年93歳。

写真:西部本社時代、門司の自宅でくつろぐ父。なぜか、少し物憂げな表情にも見える。