2020年12月12日土曜日

カラダの言い分

健康情報の氾濫は今に始まったことではない。書籍、新聞、TV、ラジオ、雑誌、インターネット、口コミ等々から一喜一憂する人は多いのだろう。また、健康づくりを目的とした運動に関する情報も世に溢れている。

ところで名医と称する医師が登場するTV番組などで、運動指導を披露するシーンをみかけることがある。しかし、これにはなからず違和感を覚える。

確かに医師で運動指導に優れている技術を持つ人がいるかもしれないが、極めて稀だろう。そのような医師がTVに出て指導する姿はみたことがない。運動実施時のリスクをアドバイスするならわかるが、医師が治療を担当するように、健康運動指導も運動指導者が行うのが自然だろう。

氾濫の中には役に立つ情報があるだろうが、運動理論に支配され過ぎると、カラダが発する声が聴こえづらくなる気がする。
例えば怪我をした時には患部を冷やし、72時間後は温めるという理屈がある。根拠に基づくものだろうがカラダはそれを望んでいないこともあるのだ

そんな時はカラダが発する声に従った方がいい。医者との付き合いをやめ、長年 カラダとの対話という方法で様々な持病と向き合ってきたことを、五木寛之が、その著書の中で告白してしている。理屈はさておき、その時冷やしたいのか 温めたいかをカラダに聴き、それに従う。その結果、病気知らずの体を維持しているという。

カラダの発する声に従う=心地よさを求めること。 と言い変えることができるだろう。痛いところに手を当てることで痛みは和らぐし、伸びをすることで心身がほぐれる。それぞれ、痛みから逃げたり、リラックスする方法だが、基本は、どちらもカラダが求めるに声に従がった自然な動作である。

ウォーキングは大きなストライドで速く歩くことが推奨されているが、私の場合、その歩き方では、心地よいと感じることができない。なので、快を感じる範囲で歩幅もスピードも調整するようにしている。

基本は風や気候を気持ちよく感じたり、景色を楽しめる範囲の中で行うようにしている。なぜなら、それを超えると不快だからだ。
しかし、十人十色。大股で速く歩く方法が快ならばそうすればいいし、走るのが快ならばそうすればいい。

体の言い分に耳を傾けて、それに従う。その言い分は、季節や体調でも違う。その時その時、現在只今の言い分に従うことが大切。
それが何より心地いいのだから。

★wellness for life いつまでも動けるカラダ
"心地よいは 健康づくりに有利"

2 件のコメント:

  1. 元気の様子、何よりです。なかなかいい事書いてありますね。僕もそう思います。だから、僕も体が要求するので走ったり泳いだり畑をしたりしているのです。美術もしかりです。

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  2. 運動も目的によって方法が変わります。本来はスポーツの原点も「心地いい」や「楽しい」だったはず。勝つために苦しさに耐えるというスポーツもあり、一方で生涯を健康に過ごすための健康健康スポーツもあります。心地よさが原点であるならばずっと楽しむことができますよね。美術も叱り 今の私のはよくわかりますよ。

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